14. 精神疾患をとりまく法と制度
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1. 精神医療と法
1-1. 精神障害者の治療のための特別法の必要性
精神病状態となり、幻覚や妄想の直接的影響下で触法行為を起こす人が少数ながら存在する この際、その人が、理非善悪の判断ができない状態である時、責任能力が欠如しているとされる このような状態の人は刑事罰を免除される
一方、精神疾患に対する治療や閉鎖施設への収容などの処分が求められる また、触法行為の有無とは別に、精神疾患が重症であるにもかかわらず、自ら治療を受けることを拒む人に対して非自発的な治療を行うためには、法的な規定が必要となる
非自発的治療が容認される条件を規定する一方で、精神障害を有する人の人権を擁護するという側面も有している 欧米諸国では、すでに第二次世界大戦前から、精神障害を有する人の治療のための特別な法律が制定されてきた
第二次世界大戦後、世界人権宣言(1948)等の影響を受け、非自発的な治療を実施する要件を単に精神疾患があるというだけでなく、より厳格に、より限定的に定めることが求められるようになった 「基本的自由と権利」(原則1)
「治療への同意」(原則11)
「権利の告知」(原則12)
「精神保健施設における権利と条件」(原則13)
「非自発的入院」(原則16)
「審査期間」(原則17)
など25原則からなる
1-2. 国連原則採択後の精神保健法制度
この「精神保健アトラス」(2011)によると、世界の78%の国において、精神保健に関する法制度が設けられており、その施行年は、国連原則が採択された1991年以降全体の52.9%に上っている
国連原則は、世界の国々に対し、精神保健に関する法制度の創設や改正を促す契機となり、各国では原則として国連原則に背馳しない内容で立法化が行われていると考えられる
しかし、国連原則採択以降も、少なからぬ国において精神科病因における入院処遇がしばしば非常に劣悪であることが指摘されている
たとえば、フランスの哲学者ガタリ(Guattari P. F)の「精神病院と社会のはざまで―分析的実践と社会的実践の交差路」には、ヨーロッパ某国の精神病棟において「『人間』と呼ぶのがためらわれるような姿をした95人の人間がぐるぐる回りながら、うなり声を上げていた。何人かは全裸で、鎖で縛られている者もいた」という描写がある 2. 精神障害者の医療に関わる法制度
2-1. 精神保健に関する法制度の歴史
この法律は、精神障害者が「社会に害を与えることがないよう」に家族(監護義務者)の責任で私宅監置を行う手続きを定めた社会防衛のための法律 私宅監置とは家族等が行政庁の監督のもとで私宅の一室に精神障害者を監禁する制度 私宅監置の実体を調査した呉秀三が、日本の精神障害者は病気に罹患したことに加え、日本に生まれたことで「二重の不幸」を負わされていると嘆いたように、その実態は悲惨であった 呉の訴えもあり、1919年に精神病院法が制定されたが、精神科病院の設置は進まなかった 1950年、両法は廃止され、精神衛生法が制定された 精神衛生法は、家族に保護義務を負わせ、精神障害者の医療を受けさせることを目指した
この法律のもと、戦後の高度経済成長期に精神科病院が急増した
なかでも精神保健法と呼称が変更された1987年の法改正は現行法につながる大規模なものだった 指定医は「申請に基づき、措置入院や医療保護入院の要否、行動の制限等の判定を行うのに必要な知識及び技能を有すると認められる者」を厚生労働省が認定する制度
また、精神医療審査会は、医療保護入院患者や措置入院患者等の入院届や定期病状報告の審査、入院患者又はその家族等からの退院等の請求に対する審査等を行うために都道府県に設置された機関
2019年3月現在施行されている法律は、精神保健福祉法と呼称され、2013年に改正されたもの 2-2. 精神保健福祉法(2013年)
法文の構成
法の概要
目的
「精神障害者の医療及び保護を行い、(中略)その社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行い、並びにその発生の予防その他国民の精神的健康の保持及び増進に努めることによって、精神障害者の福祉の増進及び国民の精神保健の向上を図ること」(第一条)
「統合失調症、精神作用物質による急性中毒又はその依存症、知的障害、精神病質、その他の精神疾患を有する者をいう」(第5条) 中心となるのが第5章「医療及び保護」
精神病棟への入院の形態とその手続や院内における行動制限に関する条文がおかれている
入院の要件: 本人の同意に基づく入院
指定医の診察: 不要
同意: 本人の同意
行政への届け出: 不要
その他: 指定医による72時間の退院制度あり
入院の要件: 指定医が医療と保護のための入院が必要と判定したが、任意入院が行われる状態にない場合
指定医の診察: 要
同意: 家族等の同意
行政への届け出: 要(10日以内)
その他: 1年ごとに定期病状報告を要す
入院の要件: 医療保護入院が必要だが、家族等の同意が得られず、直ちに入院させる必要がある場合
指定医の診察: 要
同意: 不要
行政への届け出: 要(直ちに)
その他: 応急入院指定病院への入院。72時間以内に限る
入院の要件: 通報や申請の結果、行政職員が立ち会い、自傷他害の恐れがあり、医療と保護を図るために入院が必要と判定された場合
指定医の診察: 都道府県知事が指定する2名の指定医の診察
同意: 不要
行政への届け出: 要
その他: 指定病院への入院。半年ごとに定期病状報告を要す
入院の要件: 夜間や休日などに、直ちに入院させなければ自傷他害の恐れが著しいと認められた場合
指定医の診察: 都道府県知事が指定する1名の指定医の診察
同意: 不要
行政への届け出: 要
その他: 指定病院への入院。72時間以内に措置入院の要否を決定する
なお、医療保護入院が必要とされるが、医療機関を受診しない者を一定の手続きに従って医療保護入院させる移送の制度が1999年の法改正で新設された
精神科病院内では「(前略)入院中の者につき、その医療又は保護に欠くことのできない限度において、その行動について必要な制限を行うことができる」(第36条)との規定に基づき、隔離や身体的拘束などの行動制限が行われることがある 実施する状況
本人または周囲のものに危険が及ぶ可能性が著しく高く、隔離以外の方法ではその危険を回避することが著しく困難であると判断される場合
実施方法
本人の意思により閉鎖的環境の部屋に入室させること
指定医の関与
12時間以内に指定医が診察。告知分を渡す。隔離、その理由、開始時と終了時を記載
看護師が行うべきこと
定期的な会話等による注意深い臨床的観察と適当な医療および保護が確保されてなければならない
医師の診察
少なくとも毎日1回診察と記載を行う
実施する状況
当該患者の生命を保護することおよび重大な身体損傷を防ぐことに重点を置いた行動の制限であり、代替方法が見出されるまでの間のやむを得ない処置として行われる行動の制限
実施方法
身体的拘束を行う奥的のために特別に配慮して作られた衣類または綿入り帯等を使用する
指定医の関与
診察し、告知分を渡す。身体的拘束(部位)、その理由、開始時と終了日時を記載
監護者が行うべきこと
原則として常時の臨床的観察
医師の診察
毎日2回以上の診察と記載
医療機関が「医療保護入院等診察料」を算定するためには、行動制限に対する院内の指針を設け、少なくとも月1回行動制限最小化委員会を開催して、定期的な評価を行う必要がある
なお、信書の発受、人権擁護に関する行政機関の職員や代理人である弁護士との電話や面会などはいかなる場合でも制限できない
この他、精神保健福祉法では、第6章「保健及び福祉」で、精神障害者保健福祉手帳や精神保健相談に関する規定が設けられている
2-3. 医療観察法(心神喪失の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律)
この法律は、心神喪失などの状態で、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害)を行った者の病状の改善を図り、同様の行為の再発を防止することを目的としている 検察官から申し立てを受けて、地方裁判所の裁判官と精神保健審判員が合議し、入院医療、外来通院、医療を行わない、却下のいずれかの処遇を決定する
退院や通院終了の決定は医療機関からの申請を受けて地方裁判所が同様に行う
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制度発足時から2016年末までに、4128件の医療観察法の申立てがなされ、審判により2739名が指定入院医療機関に入院、563名が指定通院医療機関にて通院処遇を受けた
また、2289名の対象者が入院処遇から通院処遇に移行した
すでに、期間満了等で通院処遇を終了した人も多いという
2-4. 今後の課題
2004年の精神保健福祉の改革ビジョン「入院医療中心から地域生活中心へ」
「国民意識の変革」「精神医療体系の再編」「地域生活支援体系の再編」「精神保健医療福祉施策の基盤強化」など
その後、10年にわたって「条件が整えば退院できる患者」の退院促進、地域移行に向けた取り組みが行われてきた
またこの間、短期入院医療を目指したマンパワー豊富な精神科救急入院料病棟が全国的に増加した
2017年現在、平均在院日数は1989年の496日に比較すれば、約260日へと減少してきているものの精神科入院病床は微減にとどまっている
2016年には、入院中の患者のなかで、精神症状が残存し、行動障害や生活障害が重い場合や、身体合併症を持つ場合など「重度かつ慢性」とみなす基準案が報告された
「重い患者」と認定されることで退院に向けた支援が控えられてしまうことを懸念する声もある
また、院内では、身体的拘束を受ける患者の数が増加する傾向が止まらず、2017年にはニュージーランド人の青年が身体的拘束後に死亡したことが国外にも報道された
一方では、人権に配慮した入院治療を担保する役割の精神保健指定医が資格取得に際し不正を行っていたことが発覚し、2016年10月に89人の精神保健指定医の指定が取り消されるという事件が起きた
地域で支援を必要としている精神障害者の医療面についても課題が指摘されている
国の見当委員会では地域で暮らす精神障害者のなかには、以下のような多彩なニーズがあるとされた
医療・支援を受けていない重症者
虐待・独居等、生活環境の困難を有する者
医療などを受けているが重症である者
こうしたなか、高齢の両親と暮らしている精神障害者の親亡き後の地域生活の継続が大きな課題となっている(いわゆる8050問題など) また、措置入院した患者が退院後「津久井やまゆり園」で多数の入居者を殺傷した事件以来、国は措置入院後の退院後支援計画の義務付けなど、アフターケアの体制を整備しようとしている
医療機関へ受診が困難な人々に支援を届ける方法の一つとして精神科領域でも訪問型の支援(アウトリーチサービス)に期待が寄せられているが全国的普及には至っていない なお、次期精神保健福祉法の際は、前回の法改正で保護者の制度を廃止したことに伴い、保護者に代わる意思決定の助言者の制度の導入なども検討課題となる
3. 精神障害を持つ人の地域生活に関係する法制度
3-1. 障害者総合支援法
障害者自立支援法に対しては利用者負担のあり方や事業者報酬の見直しを求めて訴訟が相次ぐ事態となった
2010年に国と訴訟団の間での基本合意がまとまり、新たな法律として制定されたのが、障害者総合支援法
この法律が規定する障害福祉サービスは、費用を国と都道府県が負担する介護給付と訓練等給付からなる自立支援給付と、市町村が地域の実業に応じて実施する地域生活支援事業から構成されている 障害者総合支援法は2016年に改正され、施設入所支援や共同生活援助を利用していた者等を対象として、定期的な巡回訪問や随時の対応により、円滑な地域生活に向けた相談・助言等を行う自立生活援助などが新設された
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サービス利用は利用希望者の市町村への申請を受け、市町村が認定調査を行い、審査会での障害支援区分の決定を経て行われる
障害者総合支援法は、障害を持つ人が地域で生活するために必要な、医療を受けること、居住場所の確保、家事援助、就労を含む日中活動の機会、などを提供するもの
総合支援法のサービスのうち、精神疾患を有する人の多くが利用しているのは、精神科通院医療費が1割負担となる自立支援医療の制度 しかし、精神科医療機関に外来通院をしている人のなかには、いまだサービスを利用していない人が少なからず存在し、相談支援事業者がサービス利用計画を作成している精神障害者は一部に限られているのが現状
3-2. 地域生活を支えるためのその他の法制度
精神障害を有する人が地域で生活するためには、経済的な支援が必要となる場合が少なくない
日本では家族と同居したり、単身でも家族から経済的な援助を受けて生活している人も多いが、単身者の場合、生活保護を受ける人の比率が高くなる また、発症後1年半を経過しても重い障害が残っていると判断される場合、障害年金の受給が受けられる場合がある また、精神障害を有する人は、単独で法律行為を行ったり、財産の管理を行うことが困難になることがある
民法では、精神障害等のため自らがした法律行為の結果生じる利害得失の判断ができない人を意思能力が欠如していると規定する これを受けて、意思能力のある人の決定を尊重する一方、精神障害のために意思能力に問題がある人の決定に対しては何らかの制限や保護を加えることで、その人の権利を守る制度が必要となる
このような制度は成年後見制度と呼ばれ、高齢化の進展とともに世界各国で改正や創設が行われてきた 日本では2000年に禁治産・準禁治産制度を改正して、新たに成年後見制度として施行された 従来、後見類型の利用者(成年被後見人)は選挙権も自動的に喪失する規定であったが、2013年の公職選挙法改正により、成年被後見人の選挙権が認められることとなった 成年後見制度を利用するためには、家庭裁判所に申立を行い、審判を受ける必要がある 近年、精神障害者の成年後見人に家族以外の弁護士や社会福祉士などが指名されるケースが増えている なお、現行の成年後見制度では、インフォームド・コンセントを与えることができない精神障害者について、後見人は医療の代諾を行う権限がない インフォームド・コンセントの原則は第2次世界大戦中にナチスドイツが行った人体実験の再発を防止する観点から「望まぬ医療侵襲を受けない権利」(承諾原則)として概念化され、「医療に関する自律的な決定をする権利」(選択権の拡張)へと変化してきた この原則に従えば、医療を受ける能力(同意能力)のある精神障害を有する人の自己決定を尊重し、ない人の人権を代諾者が守る仕組みが必要となる
日本では1997年の医療法改正の際、インフォームド・コンセントの原則を法的義務ではなく、努力規定としたこともあり、インフォームド・コンセントを与える能力のない人の医療実施(代諾)に関する仕組みが制度化されておらず、成年後見人にもこの権限を付与することができないとされている 高齢化に伴い、身体疾患の合併も増えてくるため、成年後見制度利用の有無にかかわらず、医療のための同意のあり方について早急に検討すべきではないかという意見が出ている
精神障害に関係する法律は他にも多数
支援者は、精神障害を有する人の社会生活のために個別の治療や支援に加え、社会の偏見や差別をなくすことが非常に有効であることを認識する必要がある 3-3. 家族への支援
2014年の精神保健福祉法の改正の結果、保護者の制度は廃止された しかし、これにより、従来重い負担を負ってきた精神障害者家族の負担の問題が解決されたわけではない
家族の約3分の1がストレス等のため向精神薬を服用した経験がある
この状況は以前変化していない
日本では精神障害者と同居する家族が多いことを考慮し、家族に対しても適切な支援を行っていく必要がある
こまごまとした家族の悩みに即応する相談支援体制の充実
接し方の改善を目的とする心理教育プログラムの実施など